心情を綴る

昨日は誕生日だった。いつからか誕生日は自分の中でそう大きなイベントでなくても、、、と思う気持ちが出てきているが、やはり”おめでとう”この言葉をもらうと本当に嬉しい気持ちになる。

夕食は家族と一緒に手巻き寿司。みんながそれぞれにおめでとうを言ってくれる。また嬉しい気持ちになる。そうしているうちに、「本当に今日が誕生日なんだなあ」と改めて感じる。なんか寂しいね、こんな気持ちじゃ。でも周りが明るくしてくれた。やっぱり支えられて生きている。一人じゃ張り合いないよね。

夜はよく寝付けず、3時に目が覚めた。ちょっと嫌な予感がしてキッチンへ、やっぱりだ。昨日の夕食後の食器類が散在している。「また俺か」、と片づけ始める。たくさんの洗い物は軽く下洗い後に食洗器に入れるだけとはいえ、片手間でできるようなものでもない。しかし、これだけの食器・洗い物、普段は見ない皿(食洗器不可、、、)。自分の誕生日を少しでもいい日にしよう、お祝いの気持ちを伝えよう、そう考えて準備してくれた証拠ではないか。片づけるのが面倒ならば、出すのも面倒なはず。その準備は全部妻がしてくれたのだ。独りよがりにもほどがある、そう思った。この準備を誰もしてくれなかったら?一人で誕生日らしい雰囲気もでず、一人で食事をして日常生活と何も変わらなかったら?つまらないはずだ、嫌気さえさすはずだ。

人は一人では生きていけない。少なくとも自分の場合は1人だと生き生きとはしていないはずだ。人からしてもらった事に感謝の気持ちを持って、自分は誰にどんな事が、どんな応援ができるだろうか、そう考えて自分にできる事をやる。もしみんながこんな思いで生活していたら、世の中はもっと良くなるはずだ。行動あるのみ。他責でなく、常に自分事として捉える。信念を持って、その時にやるべきことを積み重ねていく。43歳の一年はそんな年にしようと思う。